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16Oct

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08Mar

虎を放つ

Posted by in 未選択

今日はバイトみたいな感じだけど自分の仕事をした。写真館じゃないけど、そういうシステムの、子供を沢山撮る仕事。本当はライブばっかり撮りたいけどこれは多分決して遠回りではないと思うから経験としていろんなことが出来る様に、生活の足しになる様に、生計がちゃんと立てられないうちは当面続けて行こうかなと思う。いずれはライブとか音楽のことばっかりで仕事できたらいいけどな。

毎日充実しているわけでもないし、お金ないし(お金ない自覚はない)、足掻いても恋人はできないし、比較するだけ損なのに周りの人と比較して卑屈になるし、つよがりはやめられないし…本当は結構辛いんだけど、なんやかんや日々に生かされています。たまたま。

ここ一年は撮影っていうのもあるけど、高校生だった全盛期ぐらいライブを見に行ってる気がします。いろんなバンドを、音楽を聴いて、懐かしい気持ちになったり、複雑な心境になったり、楽しくなったり、辛くなったりするんだけど、全部を引っ括めてライブハウスを諦めないでよかったなと何となく思います。ライブハウスを諦めるってなんか変な言い方だけど。多分それによって手に入れられなかったものとかは沢山ある気もするんだけど、まぁ。私が今も性懲りも無くライブハウスに通っているということは、“大人”になるのを諦めたみたいな、一生モラトリアムを引きずるみたいな感じだなと思う。この前友達と話していて、周りのみんなはちゃんと、見た目はどうあれ、それなりに“大人”に見えるんだけど、自分だけは見た目も中身も高校生のままというか。隣の芝生は青いってだけかもしれないけど。財力すら自分が思っていた年相応の額じゃないし。ここまできてそれならもういよいよモラトリアムを脱出できないのではないかと考えてしまうのです。大人になれないから此処にいるのか、此処にいるから大人になれないのか。どちらかなんてもう考えても仕様がなくて。もうでもこれ以外自分が認められる自分のアイデンティティがないのかもしれないなとか意味不明なことを考えたり、考えなかったり。

言葉は難しいな。想いなんて言葉にした瞬間安っぽいというか、本当に自分が考えていたことなのかすらわからなくて。想いなんて具現化出来るものではないよなーとか考えてしまう。論理性が足りないから考えがまとまらなくて支離滅裂になってこんなわけのわからない言葉ばかり並べてしまうんだろう。

そう考えると詩人はすごい。意味不明でも自分の中では筋が通っている。気持ちを文章化することに長けていると思う。
今日は撮影のあと、近かったのでずっと行きたかった谷川俊太郎展に行った。本当、筆舌も尽くせないな。言葉はただそこにあるだけだった。でもそれで十分だったんだ。
実のところ私は自分のキャラ?とか見た目とか周りからのイメージと違ってはちゃめちゃに泣き虫だったりする。できれば感動する映画は見たくないし結婚式も葬式も考えるだけで泣いてしますから起こらないで欲しいと願ってしまう。今日思ったのが私は言葉に弱い。言葉>映像>音楽。
音楽で泣くことはほぼない。でも言葉は。
谷川俊太郎展では結構詩を読む度に泣いていた。どう、とはやっぱり表現できないけれどとてもよかったな。たかだか文字が並んでいるだけでなんでこんなに伝わるんだろう。こういう時すぐ音楽の歌詞を引用してしまうんだけど…それをすることにより自分の言葉は借り物ばっかりになってしまうんだけれど)…ほんとうにその通りだからとても不思議だ。本当に言葉、足りないな。




ぼくは泣き出してしまうのさ。
きみの描いた深い
深い世界。
その
深いわけ。

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